サラリとした、前髪の下から覗く黒い瞳が印象的な、山脇瑠駆真という少年。
少し日本人離れした大きな瞳は、一見嫋やかで冷静沈着。だがその奥からは、鋭い視線を慎二へ向ける。
間違いなく彼は男であり、心中穏やかではないだろう。
言葉は静かに、動きも滑らか。だが一秒たりとも慎二の監視を疎かにはしない。
甘く柔らかな物腰の中に、激しい情熱も潜ませる――― か。
木崎は枯れて落ち窪んだ目を細め、隣の少年へ視線を移す。
彼は極めてストレート。
浅黒い小顔に引き締まった顎。男らしい眉の下に配置された小さな瞳は、隠すでもなくイライラと慎二を睨みつける。
首の後ろで髪を結ぶのは慎二と同じだ。だが彼には、慎二のような、他人を翻弄して楽しむような素振りはない。
だらしなくボタンを二つほど外した制服の下から覗く肌に、そのような故意など潜ませてはいないだろう。
隣の瑠駆真に宥められ、ブスッとソファーへ身を預けたが、その長身がそれなりに鍛えられた身体であることは、制服を着ていてもちゃんとわかる。
ソファーに身を投げた、気怠るそうなその態度。ふてぶてしいが、男らしい。
うーん
木崎は心内で思わず唸った。
女性の視線から眺めてみれば、まさに流麗絢爛な絶景だ。
この景色、本来このような老いぼれジジィが、一人で鑑賞すべきモノなのか?
そのような、場違いな考え込みを打ち破ったのは意外な存在。
「失礼いたします」
控えめだが予想外の声に、一同思わず視線を向ける。
だが視線の先の人物は、彼らの態度をある程度予想はしていたのだろう。男性は別に驚きもせず、かしこまった仕草で頭を下げる。
「栄一郎様が、こちらに眼鏡をお忘れとのこと。失礼とは承知の上ですが、お急ぎのようなのでお邪魔いたしました」
一流の使用人らしく丁寧な口ぶり。そんな彼の後ろから、かなり掠れた年配の声。
「眼鏡くらい自分で探せるわい」
少しぶっきらぼうな言葉と共に現れた男性。車椅子に乗るその老人に、さすがの使用人も慌て気味。
「栄一郎様っ」
だが彼は使用人の言葉などには耳も貸さず、ズズッと部屋に入り込んでくる。
「そこのサイドテーブルの上だ。おぉ、それそれ」
木崎がすばやく見つけ、無駄のない動作で老人へ差し出す。
「さすがにこれ無しで新聞を読むのは…」
そこでようやく気づいたのか、ソファーの二人の上で視線を止める。
「客か?」
手にした眼鏡をかけると同時、瑠駆真はなぜだか立ち上がっていた。つられて聡も立ち上がる。だが、その先どうすれば。
戸惑う二人を振り返り、木崎が機転良く口を開く。
「慎二様のお客様ですよ。金本様と山脇様でございます」
栄一郎はそこですばやく口を開き、だが何も言わずに閉じると、傍らでソファーに寛いだままの霞流慎二へチラリと視線を送った。
そうして
「明日は雨かの?」
などと呟き、後は使用人に促されるまま部屋を出て行く。
「失礼いたしました」
完全に扉が閉まったのを確認し、木崎が二人へ向き直る。
「えっと」
どう反応すればよいのか窮する二人。木崎は緩やかに微笑み返し、座るよう促す。
「霞流栄一郎。慎二様の祖父にあたります」
「あぁ」
霞流慎二が祖父と同居しているのは知っている。姿を見るのは初めてだし、すぐに出て行ってしまったのでどのような人物かはわからなかった。
見たカンジ少し気難しそうだったけど、まぁ 第一印象でその人のすべてを知るなんてコトはできないか。
って、今はそんなコト考えてる場合じゃ…
そこで瑠駆真はハッと視線を落とす。そうして、落とした時と同じすばやい動作で木崎を見上げる。
「木崎さんの他に、鍵を所有しておられる方は?」
この家には、霞流さんや木崎さん以外にも人はいるんだ。だから鍵だって。
だが瑠駆真の考えを、木崎はきっぱりと否定する。
「おりません」
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